重力と虹霓 Gravity and Rainbow
『重力への“抵抗” と“無抵抗”に訪れるはずの恩寵』
“重力の下降運動、恩寵の上昇運動、二乗の力を備えた恩寵
の下降運動、この三様の運動が創造を構成する。”
『重力と恩寵』 シモーヌ・ヴェイユ
私はボロ布を一枚の新しい布に再生させています。それぞれの布には固有の素材や技法があるのみならず、使用されることで社会的な「事実」も既に織り込まれていると言えます。布が布らしく在るのは、使われ、損なわれ、修復される、という過程の反復があるからです。私は、その反復をもう一度現代的に繰り返すことを試みます。
例えば、戦前の古布に空いた穴を蚕に修復させ、沖縄土着の記憶と米軍物資が混ざり合った古布を集めて縫い合わせ、それらを正しく雑巾や布として使用と修復を繰り返す、など。
そこには必然的に、戦争や労働、過去の人たちの生活の痕跡が残っています。
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タイトルの “虹霓” とは、漢語表現で” 虹とその影” を意味します。虹が雄の龍、影が雌の龍だと言われています。
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会場の踊り場には、青森の亡くなった(誰かの)おばあちゃんによる刺繍画(の裏)があります。モチーフは、画家ミレーの『落穂拾い』です。
この刺繍画は、画像として認識され難い染織の膨大な仕事量や、決して豊かとはいえない生活のあり様、それと同時に、仕事の誇りと悦びを象徴するかのようです。
私の着目する一つの工芸の本質とは『重力への”抵抗” と”無抵抗”に訪れるはずの恩寵』です。
染織の歴史は光線からなる色糸から織り成され、そこには必ずと言っていいほど暗い影も内抱されているものです。しかしながら、ひとえに工芸の本質には “重力”=過酷な労働や経年劣化が不可欠である、とするものではありません。歴史のなかで工芸の労働に従事しなければならない苦労に対し、悦びと抵抗が布に織リ込まれているという「事実」を一つの恩寵として反復させてみたいのです。
もうこの世にいなくなった人たちの、痛切なまでの布たちとの関わりの中に、再び “虹霓” が立ち現れることを願って。